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芸術系MEMO。読書したり観劇したり創作したり撮影したり哲学したり。ネットの辺境を漂いながら考察する無駄のかたまり。

2017 . 07
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    人が好きですか?それとも嫌いですか?
    とても当たり前のことが書いてあるだけだけれど
    哲学者が書いているのでメンヘル本というより学術書の類。
    私なりに簡単に纏めておきましたので興味が沸いた方は著者の本をオススメします。




    人を嫌うということ

    人を好きになるというのは自然で非合理的なのは体験として知っていると思う。
    それと同様に、人を嫌うという感情も自然で恐ろしく理不尽だ。

    人間は人から嫌われたくない生き物だ。
    自分が嫌っている人からでさえも嫌われたくないと言う不平等な思いを抱いている。
    現代日本において「嫌う」という感情はタブー視されていて
    嫌われていないという自覚を持たないと無性に不安であり自己点検に余念がない。
    また嫌われていると自覚した瞬間パニック状態になる。


    嫌いの原因は、
    「反社会的なもの」「解消されなければならないもの」と了解されている
    その原因に罪=責任 を押しつけることによりその呪いから解放される。一種の復讐だ。

    嫌い原因のを探る時、その思考は自己正当化のプロセスを経ている。つまり

    ・嫌いという感情が発生
      ↓
    ・動機をマイナスの意味に転じて原因化(例 清廉潔白→馬鹿正直 と置き換える)
      ↓
    ・相手に罪をなするつける
      ↓
    ・その原因が自分に嫌いを引き起こしたと再構成する
      ↓
    ・人を嫌うという不快感から解放される
      ↓
    ・自己正当化が完了し、相手を嫌うのを当然と思える。

    自己催眠状態となり、原因は関係なく「嫌いだから嫌い」という状態を同じとなる。
    その原因は自己正当化プロセスを経ているので他人からの承認を求め
    更なる不安解消・自責の念からの解放と第三者への罪のなすりつけが行われる。


    「嫌い」の8つの原因

    1 相手が自分の期待に応えてくれないこと
    2 相手が現在あるいは自分の将来に危害(損失)を加える恐れがあること
    3 相手に対する嫉妬
    4 相手に対する軽蔑
    5 相手が自分を「軽蔑」している感じがすること
    6 相手が自分を「嫌っている」感じがすること
    7 相手に対する絶対的無関心
    8 相手に対する生理的・観念的な拒絶反応

    ほとんどの場合において1が基盤となり発展し8をもって完成となる。
    嫌いの原因を探ることは、自己反省・自己批判に繋がり人生に面白みが増す。




    自己嫌悪
    全ての自覚された他人嫌悪には自己嫌悪が纏わりついている。言い換えるなら
    自覚された自己嫌悪には無自覚な他人嫌悪が纏わりついている。

    タイプ1
    「身体的特性嫌悪」「性格特性嫌悪」という具体的特性に対する嫌悪は誰にでもあるが、それらが崩壊もしくは融合すると
    自分自身に対する「生理的・観念的な拒絶反応」となる。
    成熟するとそれらは「自己肯定」へと移行するがそう出来る人がすべてでは無い。
    原因1と同じく「自分自身が自分の期待に応えてくれない」ことにいら立つ。
    自我理想が極端に高い場合、自分が何をしても自分の成果に満足できないという状態になってしまう。
    親の期待を一身に受けて育った子に多く、期待に応えられなくなると自罰的になり自らを嫌い直観的に親を嫌う。それらを自覚した後も蓄積された「自分はダメだ」という価値観を変えることは難しい。

    タイプ2
    「人を嫌ってはならない」
    「他人を責めてはならない」
    「傷つけてはならない」 
    という絶対的価値観を親に因って植えつけられた子に多い。
    他人との対立自体を恐れ、他人と対立すると自分が悪いという自罰的な思想に流れる。

    タイプ3
    「人間嫌い」という形の自覚が限りなくゼロに近い自己嫌悪

    自己嫌悪には自己を防衛するために自己愛が纏わりついていもいる。
    自己防衛的自己愛とは
    他人を恐れて愛する事が出来ない人が、反射的に地球上で唯一安全な自分を愛すると言う痛々しい構図でありそういう自分に満足していない現状がある。
    つまり自分は傷つきたくないという感情が肥大化している状態である。



    結局、どう努力したところで、「嫌い」を抹消する事が出来ない。
    ひとを好きになるということ同様、ひとを嫌うことの理不尽な自然性を認識し向き合う必要がある。
    日常的な「嫌い」を認識し追求する事により
    日常におけるかなりに心痛から解放されるのではないだろうか?






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