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芸術系MEMO。読書したり観劇したり創作したり撮影したり哲学したり。ネットの辺境を漂いながら考察する無駄のかたまり。

2017 . 07
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    アメリカの少し古い作家だし、
    青少年向け文学にカテゴライズされるせいもあるのだろが
    ドロシー・ギルマンの認知度は日本では極めて低いと思う。
    学生時代に出会わなければ一生出会うことはないとさえ言い切れる。
    しかし描かれるその精神性は極めて高い。
    図書館の片隅におかれた古い本との出会いはなんて素敵なんだろう。

    ミセス・ポリファックスシリーズも読切シリーズもどちらとも好きなのだけれど
    今の時代受け入れ易いのは読切かもしれない。
    なにせミセス・ポリファックスシリーズは冷戦時代のスパイものだから。
    今回、本当に久しぶりに読んだのはこれ。
    映画「カサブランカ」後半のあの緊張感を思い出して読んでみたらより臨場感が味わえると思う。

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    時に説教臭くもあるギルマンの
    爽やかで軽快でキラキラとした表現に満ちた物語を読んでいたら
    未読だった彼女のエッセイを無性に読みたくなった。
    こんな老婦人とお話出来たらどんなに刺激的だろうか。
    つまり私は叱られたいのだ。
    協調論でもなく偽善的でも感情的でもなく理性的に哲学的に。
    ギルマンは真面目で誠実で聡明で
    審判の日を信じなくなったとしてもその精神は息づいている。
    私は仏教の哲学性や禅の精神性に心惹かれ
    キリスト教やイスラム教の有用性に憧れを抱いているのかもしれない。
    砂漠で生きる者の目には水は鮮烈に映るのかもしれない。

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    ギルマンはこのエッセイを自分の事の本ではなく、
    「発見」についての本だと語っている。
    ギルマンの精緻な眼差しは今から30年以上前(ギルマン50代)のものなのだけれど、
    彼女が立ち向かった数々の問題は今も私達を悩ませている。

    以下に心惹かれたフレーズ(つまり説教)をいくつか抜粋しておきます。
    このメモは、勿論自分自身のためのメモではあるのだけれど
    誰かの「発見」のためにも役だっていたら嬉しい。

    ***************************


    思うに女性は昔から従順さ仕込まれてきたがゆえに、
    いっそう疑り深くなっているのではないか。
    生来直観的で、なんにせよ男性より控えめでいるように育てられているから、
    言葉で言われなくても、なんにせよわたしたちは
    すべきこととすべきでないこと、
    あるべき姿を教えるシグナルを目ざとく見つける。
    幼い時から人を喜ばせる術を身につける。
    魅力的であること、
    期待通りに適切な表現をすることを学ぶ。
    そして不正を受け入れる。



    正直な自分で居るために、何よりも大切なのはまず自尊心だ。
    それと自主性である。
    自主性とは自分を治めること。他から干渉を受けず、自分の心に正直に。
    自尊心が無いと簡単に魂が略奪された者になってしまう。
    一緒に暮らしている者を通して生きるのだ。
    自分自身を考えずに、自分の考えに基づいて行動せずに、
    自分で冷酷な現実に立ち向かう判断を下さずに。
    生きることはすなわち隠すこと、取り繕うこと、反応すること、
    行動するのではなく、ただ適応することになってしまう。



    おかしなことに、辞書によれば「空(から)」の定義に
    『保有しているものや囲んでいるもののない状態』とある。
    そして「自由」の定義には、
    『縛られないこと、閉じ込められないこと、強制的に引き止められないこと』とあった。
    この二つの言葉の違いはほんのわずかである。
    人が毎日数分進む時計に慣れるように、心を少し整理すればいいのだ。
    心は新しい言語を学ぶ。



    時間というものは、本来わたし達の頭の中にしかないからだ。
    その存在は信じたくて堪らない幻想と言っていい。
    時計もカレンダーも人間が作ったものだ。
    一日の時間を決めたのも人間なら、ひと月の週数を決め、一年を十二で割ったのも人間だ。
    まったく見事で役立つ便利なものだが、
    わたしたちが時間と呼ぶものは、人間が枠をつくる前からあったのだ。

    時間は未だ解けていない謎なのである。

    時間は永遠なものと人は考えるが、永遠は何かを知っている者はいない。
    わたしたちは時間の中に生きているが、時間に触ることが出来ない。
    わたしたちは時間を占有しているが、所有することは出来ない。

    本当の神秘は
    わたしたちが時間を量的に経験しようと、質的に経験しようと、
    時間はまったく変わらない。
    変わるのはわたしたちだということだ。
    色々な出来事で揺さぶられ、認識に到らされる。理解に到らされるのだ。
    決まり切った手順、習慣、自己満足、そして偏った思考に揺さぶりをかけられるのだ。
    ある意味では、時間に揺さぶりを掛けられて、
    今を生きて行くこと、大きく目を開き、自覚することを認識させられるのかもしれない。

    わたしたちはぼんやり時を過ごし、目を明日に向けているが
    わたしたちがいるのは今なのだ。
    可能性に打ち震えているのは今なのだ。未来ではない。
    未来はどこか別のところにあり、まだここに到着していないのだ。
    わたしたちが真に躍動するのは、瞬間に入り込み、意識を全開にしてその瞬間を生きる時である。



    プライバシーが欲しいというのは
    人の付き合いや面倒なことに巻き込まれるのを避けるための格好の口実になっているのではないか。
    プライバシーを極端な程尊重すれば、
    わたしたちは人に優しくする無限の可能性を失ってしまうのではないか。






    読書家であろうギルマンは沢山の本からその精神を引用をしている。
    それぞれ彼女の解釈を説明してあるのだけれど
    その中でも気になった一文だけ書いておきます。

    「死ぬということは、人生に最後に目を閉じることではない。あまりにも少ない次元の中で生きることを選ぶことである」~J・B・プリーストリー

    「傷つきやすい、それが生きると言うことだ。
     退却するのは死ぬことと同じことである」~クリシュナムルティ





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